『潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影 躍進するIT企業・階層化する労働現場』

アマゾン・ドット・コムの光と影

アマゾン・ドット・コムの光と影


アマゾンジャパンの物流倉庫に潜入してアルバイトを体験した著者によるルポルタージュ。この本のタイトルにある「階層化する労働市場」の底辺層の生活がかいま見えるのではないか、と紹介されて読みました。


読んだ感想としては、階層化する労働現場が見えるようなルポルタージュにはなっていないと思います。「影」と書いてありますが、著者が強調したいと思っているほど悲惨な現状があるわけでもなく、ただ淡々と軽作業を毎日繰り返すアルバイトがたくさんいるという光景が広がっているだけです。


昔に比べて階層化が進行しているという証拠もなく、それほど悲惨でもない労働現場の描写は、むしろアマゾンや物流を請け負っている日通の経営の素晴らしさを演出しているとすら言えます。彼らの労務管理もそれほど異常ではなく、うまく人件費を抑える仕組みを作っているな、と感じさせられるものです。


もし筆者が「影」をえぐり出したいと思っていたのであれば、文中に出てくる他のアルバイトの生活実態を丹念に取材する必要があったでしょう。その辺は、非常に中途半端に終わってしまっています。


私が本書を読んで面白いと思ったのは、むしろ本書のもう一つの側面、すなわち、なぜ日本においてアマゾンは急成長して成功を収めているのか、という点の分析です。これは、既存の書籍流通や書店の在り方が、いかに顧客の利便性を無視したシステムであったかを明らかにしています。出版業界というのは、政府の規制に守られた規制産業ですが、その政府による「再販売価格維持制度」よりは、書店が売れ残った書籍を出版社に返品可能という「委託販売制度」の方が、サービスの向上を阻害しているという著者の分析は説得力があります。


そして、アマゾンのすごさは、単に本をインターネットでいつでもどこでも買えるようにしたということではなく、個々の顧客の閲覧履歴・検索履歴・購入履歴を全て記録しておき、それを元にして個々の顧客に対してカスタマイズされたサービスを提供すること、一方で、その膨大なデータを統計的に処理して販売予測の精度を圧倒的に高めたことにある、というわけです。前者は、ダイレクトメールやWEBページ画面に反映され、顧客に一層本を買わせる役割を果たします。後者は、返品率を圧倒的に低くすることで、「委託販売制度」に頼らないビジネス(出版社との直取引)を可能にします。これらが、アマゾンを普通の書店では到底適わないような利益を上げる会社にしているというのです。


これを見て、私はなるほどな、とアマゾンの成功モデルを理解することができました。そして、こういうモデルであれば、利用者が増えれば増えるほど、一層アマゾンに有利な展開が進んでいくことが予想できます。


このような工夫は、よく考えれば書籍以外の商品やサービスの販売でも可能なはずです。そう考えると、著者のいう「影」は確かに今後も拡大を続けていくでしょう。ただ、それはこれまでアルバイトや派遣社員があまりいなかった職場にそういう職種の人たちが登場するというだけのことであって、質的にこれまでと全く異なる「底辺層」が形成される要因というわけではないのではないでしょうか。


むしろ、ITによる流通の効率化を解体し、分かりやすく紹介した本として、本書は価値があるものと思います。